ただ、ただ。
 貴方の笑顔が見たかった。
 ただ、それだけ。
 
 

 君の姿を見たその時から
 この鼓動は収まることを忘れてしまった
 初めて見た、というのに
 ずっとずっと前から識っていた
 そんな想いが心を支配した
 それが何故かは判らなかったけれど
 君と出会ったのは偶然ではなく必然だったと
 そう、思った

 同じ志を持つと知り
 共に前へ進めたらと
 その時はほんの思い付きだったけれど
 君が首を立てに振って少しだけ顔を綻ばせた
 その姿を見た僕は
 本当に、嬉しかったのだ

 でも、君は
 極力周囲と関わりを持とうとせず
 共に暮らす僕にすら
 一定の距離を保っていた

 『違う世界から来た』
 『向こうに弟を残して』
 『お前は…本当にアイツによく似ている』
 『オレはお前の名前を呼べない…ハイデリヒ』

 初めて君に聞いた、それはまるで絵空事
 誰しも世界に対しての疎外感など持っている
 でも、君のそれは余りにも現実じみて
 この世界に関わりを持つ事が
 己を壊しかねないと言う様に
 ただただ、君は
 心のなかの幻想に、踊る
 

 『見つからない…判らない…狂ってしまう』
 『助けてくれ、誰か…誰か……』

 夜毎君は、うなされて譫言をつぶやいていた
 左の腕を天に向け
 何かを掴もうと足掻き
 そして何時しかそれは崩れて落ちる
 焦点のあわぬ不思議な琥珀の瞳から
 つぅと涙があふれてその頬を伝い
 唇は、わなないて誰かの名を紡ぐ

 『Al……Al…phonse……Alphonse………』

 それは、紛れもない僕の名
 でも、それは
 紛れもなく僕では無い誰かの名
 君の、ただ一人の大切な人の名前
 君の心のなかには僕と同じ名を持つ先客が、いた
 いっそ、君の心の弱さにつけ込んでしまおうかと思いもした
 姿も形も、名前さえも同じならば
 僕は君の心にいる『Alphonse』と摩り変われるかもしれないと
 でも、そんな事をして君を手に入れたとしても
 それは偽りの繋がりでしかないのだから

 だから僕は
 この想いを隠し通す決意をしたのだ
 

 今となっては
 それは後悔にしかならないけれど
 何も言わず突然姿を消してしまった君に
 恨み事の一つも言ってやりたいところなのに
 僕の心に浮かぶのは
 初めて逢ったときのあの君の
 わずかに綻ばせたあの、柔らかな笑顔
 でも君は何時も
 唇を固く噛み
 ただただ前を睨み付け
 泣き出しそうなその表情を隠していた
 たまに笑ってもそれは諦めをにじませたそれでしかなく
 僕は何時もそんな君を何とか笑わせようと
 躍起になっていたのだ

 そう、僕は
 ただ、君の笑顔が見たかった
 ただ、君に笑って欲しかった
 君が、幸せに微笑むその姿を見たかったのだ
 

 ただ一枚だけ手元に残った君との写真を手帳に挟み
 僕はトランクを手に立ち上がる
 君がぽつりともらした
 何処かに居るかもしれない
 こちら側にいる『君』を探して
 僕は旅立つことにしよう
 

 ねぇ、エドワード
 君は今
 大切な人の傍で笑っているのかい?
 
 
 
 
 
 
 
 
 


『その扉を開けて』 04.9.28
 
 
 

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