==== この怒りひとやま五〇と三円なり ====
カタカタカタカタ…。
新築ではけっしてない、安普請な家の床が先ほど…いや、もっと前だ。
昨日・一昨日くらいから鳴っている、というか小刻みに揺れている。
その理由は明確だ。
地震でも、外を走る自動車の所為でもなく、エドワード・エルリック。
その人の「貧乏ゆすり」が原因だ。
「エドワードさん。この間から、何か非常に不機嫌な顔をしてるけど。…なにかあった?」
僕は、たまりかねて、とうとう尋ねた。
なんとなく分かっているが、そう思っていることが不遜なような気がして、やっぱり真実を聞くことにした。
「『…何か、あった?』だぁ…?」
…非常に低い声、額にしわを寄せた、もろに「不機嫌」と書かれた顔、で、エドワードはこちらに返事を返してくる。
…「なんとなく分かっている」こととは、全然関係のないことで不機嫌かもしれない。
僕はそう自分の能天気さに反省してみる。
「エ・エドワードさん?(汗)」
僕の体が一歩後ろに引いた途端、彼は怒涛のようにわめきだした。
「お前!俺のことを『エトヴァルト』と呼んでた時には呼び捨てだっただろう!なのになんで『エドワード』と呼ばせた途端、「さん」付けになってやがんだ!?この野郎!!」
あ、…やっぱり「なんとなく分かっていたこと」が正解だったんだ。勘がいいなぁ。僕。
…と自分で自分を感心している場合ではない。
この怒り狂ってるエドワードさんを、とりあえずなんとかしないと!
「で、でもエドワードさん…」
「お前―っ!俺は!お前を!愛してる!って、この間言ったよな!?お前も俺を、好きだ、と答えてくれた!んで、そう宣言したからには、ファミリーネームで
呼ぶのは無粋だ、と考えに考えて、俺はお前のことを『アルフォンス』と呼ぶことに決めた!そう言って、そう呼び出したら、お前が『僕に何か出来ることはな
いかな?』なんて、可愛いことを言ってくれるから!じゃあ、俺の名前を元々の発音で呼んでもらおう、ってことになったんだろう!?」
ひ、額に血管まで浮かべて、彼、エドワードはまくしたててくれる。
やめてくれよー!その時のこと、思い出すだけで顔から火が吹きそうな程恥ずかしいんだから!
「それが『さん』付けだぜ、『さん』付け!俺の落胆も分かってくれよー…!」
そもそも、それ以外の会話は、タメ口きくくせに!と、まだまだ彼の憤りは静まっていく気配はない。
やっぱり、単純なことだけど、なんの変哲もないことだけど、…言っておいた方が…いいかな?……いいよね?
「あ、あのね?エドワードさん」
恐る恐る声をかけると、ぎっ!と意思の強い綺麗な金色の、でも獰猛な目が、僕を見返してくる。
「なんだよ」
言い訳なら聞いてやろうじゃないか。そんな雰囲気をかもしだしながら、彼は僕の顔を真っ直ぐに見、僕の瞳を真っ直ぐにとらえた。
ああ、そんな瞳で見ないでよ。もう、何もかも、君の言う通りにしてしまいそうだ。
こういうのを「めろめろ」って言うんだろうか?
僕は、だんだんと小さくなっていく声で、彼に本当の僕の今の気持ちを伝える為に言葉を綴り始めた。
「あ、あのね?あの……は、恥ずかしいんだ。い、今までずっと『エトヴァルト』って呼んでたから、だからいきなり『エドワード』なんて、な、なんか他人の
名前を呼んでるようで。で、でも、君に合った良い名前で、なんだか……呼び捨てにするなんて、恥ずかしくて、と、とても…」
会話の流れだとしても、さっき僕は「エドワード」と呼び捨てで呼んだ。それだけでももう、体中が燃えてしまうかと思うほど、恥ずかしい。
「恥ずかしい、だぁ?」
彼はあっけにとられたような顔をして、僕の顔をまじまじと観察してくる。
あ、また顔が熱くなったのが自分で分かる。今、すっごい赤い顔、してるんだろうな。耳も、首も、ことによったら全身が真っ赤かもしれない。
「お前、それだけで『さん』付け…?じゃあ、これから先、関係が進んでも、『さん』付けなわけ?」
はとまめ(言ったら怒りそうな単語だけど…)な顔から、だんだん意地の悪い、性質の悪い、にやついた顔つきになってきて、彼はそう、聞いてくる。
そ、それにしても、関係!?
「関係が進む」ってどういう、…っていうか、そういう意味!?だよね!?
ぎゃーっ!!
僕は、心臓の動悸と、恥ずかしすぎる眩暈とで、その場所にうずくまってしまった。
駄目だよ!にやついててもエドワードさん、格好良過ぎ!
これから先、進んじゃったら、あっという間に僕の心臓、飛び出して止まっちゃいそうだ!
うずくまった僕を、彼は頭から抱きこんできた。
もう、なにもかも恥ずかしくて、でも幸せすぎて、何も考えられないよ!僕!
そう、彼の体温を感じながら恥ずかしがる僕の耳に、更に衝撃的な爆弾発言が飛び込んできた。
「まぁ、いいか。当分の間は『さん』付けでもかまわないぜ?よく考えたら、恥ずかしがって『さん』付けして呼んでくるのって、ちょっと新妻っぽくて可愛いかもな。」
は?
「新妻」?僕の聞き間違いだろうか、というか、むしろ聞き間違いであって欲しい。…んですけど?
「じゃ、これから、よろしくな。俺の奥さん?」
…聞き間違えじゃない…。
ぼんっ!
僕は体中から火を吹いて脱力してしまい、またもやエドワードさんにプリンセスホールドされてしまったのだった。
終
時間軸的には「ささやかな表明」の後日談、ということになりますので、それと合わせて読んで頂ければ、幸いです。
エドがハイデのことを「アルフォンス」と呼び出して、ハイデがエドのことを「エドワードさん」と呼び始めたのが、こんな感じだったら私は嬉しい。
でも、日本語だからこれでOKだけど、西の言葉って、「さん」が接頭語なんですよね。
…微妙(苦笑)。
おうやさん……エドが男前ですぎゃぁ!(あ、あれ?)
つーかつーかハイデたんぼんてぼんって!まっかなのねぇ−ーー!姫抱きナノネーーーー!!
ああもう幸せそうな新婚さんだよーーーー!!!