なにかがいる、と。
その朝、ハイデリヒは咄嗟に思った。
ここは、自分の寝室で。
昨日は一人でベッドに入って。
それなのに、背後でもぞもぞと、何かが蠢いているのはなぜだろう――。
「って! エドワーァド!!! また君かーッ!!!」
がばあ、とハイデリヒは毛布をひっぱぐった。
ベッドの上。
「うーんー……」
などといいながら、ぎゅむー、と丸くなって、ごそごそ自分にすり寄ってくる、金色の生き物。
「エドワード……っ」
ぐりぐり、とハイデリヒに頭を押し付けるようにして、その生き物はさらにすり寄ってくる。
「ハーイーデーぇぇ……」
寝言か。
それは寝言なのかエドワード!
「っもうっ……毎度毎度! いい加減にしろー!!!」
ハイデリヒは、きー、と叫んでごろんと金色の生き物――エドワードエルリックをひっぺがしてころがした。
狭いベッドの中で転がされたエドワードは、ごん! と勢いよく壁に激突する。
「――あでっ!」
「……目が覚めた?」
「……」
「エドワード!」
「……」
「なんなんだよ君は! 毎度毎度そうやってボクのベッドにもぐりこんできて!!! だいたい狭いだろ! 疲れるだろ! 止めろっていってるじゃないか!」
「……」
ハイデリヒは憤慨してまくし立てたが、エドワードの反応は限りなく鈍かった。
これでもまだ寝惚けているのか、転がされたまま、がりがりがりと頭を掻く。
そして。
ふあーあ、などとあくびをして。
くるり、と振り返ったエドワードは。
「……モーゲン……ハイデ……」
どこか薄ぼんやりと、寝惚け眼で。実に、実に幸せそうに、甘ったるく、へらっ、と笑ったその顔に。
「っっっっっ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
反則だ!!!
ハイデリヒは内心で激しく悲鳴を上げた。
どうして朝から。朝っぱらから、そういう顔をするんだ君は!
なんかもう、甘いっていうか綺麗っていうか嬉しそうっていうか幸福そうっていうかそれでいてなんでそんなにしどけなくて色っぽくって艶っぽくって無駄に妖艶で人の心臓鷲掴みにするんだよ!!!!!
「モ……モーゲン……」
「ん? どした? 顔、紅いぞハイデ?」
「ど……どうもしてないよ! ほっといてよ!」
それが君のせいです君に見惚れましたなどとは口が裂けても言いたくないハイデリヒは、エドワードから目をそらすために、ぷいっとそっぽを向いた。
「……それより僕の話、聞いてたの? 僕、怒っているんですけど――っ
てエドワード!!!」
「あんだよ」
「あ……あああああんだもかんだもないよ!!! なにしてんのさ!」
「……何って。お前の服を脱がそうかな、と」
「何で脱がすのさ! 着替えくらい自分でできるよ! もう! 起きるからのいてよ!」
「……誰が着替えさせよーとしてると言った」
「はあ?」
エドワードは、ずりっとハイデリヒの傍ににじりよってきて、よっこらしょ、といってハイデリヒの両脚の間に入って、がっしとその足をつかまえると下からハイデリヒを見上げて笑った。
「え……エドワードさん?」
「……しようぜ?」
「しっ……しようって何を!」
「しょうってナニを」
「っっっ……君はー! なっ、何かんがえてんだこんな朝から!」
「だってほら。お前、ここ、こんなだし」
「っ……それは! し、し、しょうがないだろ朝なんだから! いいよ!トイレに行って来るよ!」
「に・げ・る・な!」
「逃げるよ!」
「なーんでだよ。オレのこと、キライになったのか? ハイデリヒ?」
「っっっっっ好きとか嫌いとかの問題じゃありませんー!!!」
「嫌いか?」
「だっ……から!」
「……なあ? 嫌い?」
ハイデリヒはぐっ、と言葉に詰まった。
は――反則だ!!!
捨てられかけの子犬か仔猫のような目をして、エドワードが見つめてくる。ちょっと哀しげな顔をして。
そういう目で見られると、逆らえないって知ってるくせに――!
「なあ。ハイデ?」
「……………………………………………………嫌い、な、わけないだろっ」
「……そんだけ? 好きじゃねえ?」
「……………………………………………………好き……です」
「ならいいじゃねーか。問題なーしッ!」
「うわ!? ちょっとエドワード!? だからそういう問題じゃないって……ていうか問題大ありだから! エド? エドワード? ってちょっと! ねえ! わ! どこ触ってるのさ! そんなとこに手ぇつっこまないでよ! 脱がすな! って、人の話を聞けー!!!!!!!!!!」
ああ。
僕はどうなっちゃうんだろう。
などと思うが。
それがすでに毎朝のことになりかけているあたりが、なによりも問題なのだろう。
ふつうにGuten morgen!
と言って。
穏やかなキスを交わすぐらいなら、僕にだって出来るのに。
おはよう、ぐらい言わせて欲しいよ、エドワード。