ダーリン、ダーリン、きみはマシュマロみたいにとけてゆく。
「はっ…はっ…はっ…」
エドワードの義手と義足は安物の音と匂いがして、急ぐ走りを妨げた。自分が汗までかいていることを珍しく思いながら、息を飲み込み、がむしゃらに手足を動かす。
ちくしょう。早く。早く早く。
講義を途中ですっぽかすことはしなかった。もちろん最後まで聞いたし、最後は教授を呼び止めて答えられないような質問まで浴びせた。教授が一瞬口ごもったのを見て取って、またあとで聞きに来ますと言って研究室を飛び出した。多分あれやこれや忘れ物をしてきただろう。
早く。早く。
ハイデリヒに逢いたい。
もう夢中だった。彼の声、華奢な手足、にこっと笑ったその暖かさ、頭はいいのにどこか抜けていて危なっかしい。目が離せない。
初めて逢って一緒に暮らしはじめて一月で、エドワードはハイデリヒに堕ちた。ハイデリヒは完全にエドワードを友達と思っていて、どこまでも無防備な姿を見せた。そのくせ、エドワードに見せる笑顔には時折照れたような色が混じり、エドワードはそのせいで勘違いした…自信を持った部分もあるらしかった。
エドワードは思ったことはすぐに実行に移すタイプで、もちろんこのハイデリヒにも同じように接した。ハイデリヒは純情で、素直で、誰の言うことも良く聞いた。エドワードの言葉には首を傾げたが、それで引き下がるエドワードではなかった。エドワードはなかば強引にハイデリヒを自らの中に引きずり込んだ。それが彼の本懐であるし、ハイデリヒもきっとまんざらではなかったのだろう。毎回おどおどしながら、優しくエドワードを包み込む。良く判っていないのだろうとエドワードは分析している。だがそれでいい。少しずつ判ってもらえればいいし、判らなければ判らないで、それはそれでハイデリヒらしいし、ますます惚れこんでしまうというものだ。
エドワードはハイデリヒと一緒でない時間、頭の中で常に彼を思い浮かべてしまう。否、勝手に浮かんでくる。
彼の髪をくしゃりとなでると、気持ちよさそうに目を細める。細い腕を上から下になぞって見せると、ひゃぁ、と声を上げてエドワードにしがみつく。熱い肌。甘い声。潤む、蒼い、瞳。
―――ああ、ああ、ハイデリヒ。ハイデリヒ。
エドワードは眩暈を覚えた。ぎり、と唇を噛んで俯く。
クソッ。今すぐお前に逢いたい。お前のすべらかな肌に触れたい。お前の、あの柔らかい髪の毛を掻き揚げてやりたい。俺にお前の感触をくれよ、ハイデ。ハイデ。ハイデリヒ。
―――丸一日も離れちゃいないってのに、相当なモンだ。
ばん! と勢い良く玄関の扉を開ける。当然ハイデリヒは自分の視界に飛び込んでくるだろうと何の根拠もなしに思っていたが、本当に何の根拠もなかったらしく見当たらない。
エドワードは息を整えながら、ハイデリヒ!と大声で呼んだ。
「あらあら、エドワード。どうしたの?」
ひょこ、と顔を出したのは下宿のグレイシアだった。ハイデリヒのことばかり頭に浮かべていたエドワードは僅かに仰け反りつつも、自分が知る優しい笑みとなんら変わらない笑みを持つそのひとに、笑って手を振った。
「すみません、グレイシアさん。ハイデ知りませんか」
「さっきまで鉢を運んでもらっていたの。新しく入荷したのだけれど、わたしには大きすぎて。しばらくしたらこっちに来るわ」