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それがこの瞳に映された瞬間
息が止まった
鼓動も止まったかと思った
赤く、赤く、赤く
染まった白い、綿の布は
紛れも無いあいつのシャツで
その身体を抱えた彼女の胸迄鈍色に染め上げる
こちらの人間特有の生白い肌は、今はどこか陶器のさまを見せて
頬に僅かに差していた赤みすら消えさって
まるでそれは、壊れた人形の様に
ぴたりと動きを、止めていた
何が起こったのか、何て考える迄も無かった
トゥーレにとって、あの事は反逆に当たるだろう
多分、いや間違いなくあいつは、あいつは……
オレのために、その命を
残り少ないと言ったそれを、失った
駆け寄りたかった
彼女の腕からその身体を奪って抱きしめて
体温を移したら息を吹き返すのではないかと
いや、違う
それよりも
何よりも
ただただ、抱きしめて
この腕に抱きとめたかった
だが
この腕は
この足は
あいつの所へとは動かない
自由になる鋼の手足を再び手に入れたというのに
この腕ではお前を抱きしめる事を許される事は無く
この足ではお前の元へ駆け寄る事も許されない
許してくれという言葉すら、許されないだろう
オレは、お前の願い通りに帰って
お前を代価に失った
そして
お前の願いと反し、オレはこの地に再び還り
お前の存在すら、失った
もう手を打ち合わせても
キセキは二度と起こりはしない
お前は二度と、還らない
失ったいのちは決して還る事はないのだ
オレは、怖かったんだ
だからお前に真実を言えなかった
夢だと、思っていなければ耐えられならなかったから
お前に、オレの『真実』を告げる事は
オレの『決意』を濁らせたと
お前を悲しませる事になるだろうから。
だからこそ
お前にただ一言告げる事、さえ
オレには許されなかったんだ
オレにとっての最後のお前の声が
まだ耳の奥で響いている
『忘れないで』と
握られた一瞬のその、少し冷たいお前の手が
オレに、伝えたかった事を
オレはこの胸に深く刻んで
お前の生きる筈だった世界を、生きて征こう
その、瞳の色の空へと還った
たった、一人の
えいえんのいとしいひと
好きだなんて、告げられる立場じゃなかったから
お前の墓前に、純白い花を一輪だけ置いて
いつかまた、門の向こうで出会えるその日迄
Auf Wiedersehenは、告げないでいく
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『さよなら、を告げないで』 7/31初稿:8/3改訂
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